こんなブログを、自分自身が書くなんて、あまり実感がない。
そして、旅行やグルメのことに対して書いてきたブログだったけれど、
このブログの裏には、いつも、私を一番に考えてくれ、サポートしてくれた
旦那様がいた。、このブログは、そんな状況下の中、成り立ち、
そこをサポートしてくれた、仲間たちのおかげで成っていた。
数日前、出会ってから、10年以上経つ私たちの、いちばんの喧嘩をした。
私は、正しいと思い、思いをぶつけた。
それに対して、旦那様は怒り、そして、対立した。
それは、私にとって、非常に意外であり、また、衝撃的だった。
出会ってから、10年以上、私に反発なんてしたことがなかったからだ。
何を言っても、良いよといい、また、間違っていたら、優しく訂正する。
絶対に声を荒げないし、絶対に私に対して怒らない、 子供にも、私にも
優しい、いわば、優等生の旦那様だった。
それが、、、このたび、 キレ ました。
そして、私は、あぁ。やっと、キレてくれたんだ。。
いままで、お疲れ様でした、、と思った。
子供が生まれ、女性は手一杯になる。
そこにきて、11か月後に、また、ひとり生まれた。
手一杯が、それを超える。
毎日が、掃除と食事と子供たちのオムツ、着替え、靴をはかせ、外に出して
遊ばせ、かえってきたらまた食事、着替え、読み聞かせ、、、掃除、洗濯、、、
毎日がめまぐるしく、過ぎていった。
その中で、仕事でいっぱいになっているのに、子育てで苦しい私をみて、
必死に手伝ってくれていた旦那様。
食事のときは、子供ふたりして、食べたものを吐いたり、散らかしたり、
飛び跳ねてこぼしたり、でさんざん暴れる中、いつも、私に会話を求めて
いた旦那様。
私は、手一杯で、いつしか、話半分、いや、それ以下になっていた。
二人の会話をする時間は、ますます少なくなり、
お互い、愛情に対し、疑心難儀になっていた。
私は、彼を愛することは変わらないけれど、
今、ここに子供がいて、家をめっちゃくちゃに荒らして、
ママー、ママーって言っている中、どうしても、そちらを
向いてしまっていた。
旦那様は、子供ができる前と同じように、私と話したかったのに。
私が、子供ができたことによって変わってしまったのでしょう。
変わるつもりはひとつもなかったのに。
愛するひとを、悲しませることは本当に苦痛です。
悲しませようと思って悲しませているわけではないから、
それに気づいたとき、自分の無能さに、ただひたすら
自責の念にかられます。
旦那様が、わたしに宛てた手紙がありました。
彼は、本当に自分を抑える人です。
内に秘めた感情はすごく繊細で豊かなのに、
対面しては、それを表わさない人。
それは、私にとって、すごくはがゆくて、いとしい。
手紙の一文に、こう書かれていました。
「ぼくは、きみと二人でする会話が大好きだ。」
そして、あの頃のように、会話をしたいのに、
きみは会話をしてくれない。
と続いた。
衝撃的なことだった。
でも、的を得ていた。
これから、乗り越えなきゃいけない課題だし、
私自身、旦那様の心の叫びを聞けて
振り返ってやりなおさなければならないな、、、
と思った。
女性は、子供ができると、確実に変わる。
その変化は、男性以上であるといえる。
犠牲的になるし、必死で子供以外みえないことすら、ある。
でも、その横で、必死になっているパパがいる。
私の素敵なパートナー。
一生、大事な、パートナーだ。
こんな素敵な子供たちを、私にプレゼンントしてくれた、
魔法をかけてくれた人。
大切な大切な、人。
それを、気づかせてくれた、今回の喧嘩。。
きっと、こんなにすぐに気づかなくて、
もっと深いみぞになってしまう夫婦もいるかもしれない。。
夫婦は、あぁ。この人は、こうだから、もう言いたくもない、
そんなふうになる前に、ぜひ、自分の気持ちをとことんぶつけたら
良いと思う。
だって、自分が自分で選んだパートナーなのだから。
パートナーを否定することは、自分自身を否定すること。
とことん、やりあって、そして、そこから生まれたもの
が良いものであったらそれで良い!
そうおもう。
わたしの、いちばん大切な、大切な、ひと。
これからも、ずっと一緒に居てください。
そして、わたしの知らない世界を教えてください。
バレンタインに寄せて。
かおこ
そして、旅行やグルメのことに対して書いてきたブログだったけれど、
このブログの裏には、いつも、私を一番に考えてくれ、サポートしてくれた
旦那様がいた。、このブログは、そんな状況下の中、成り立ち、
そこをサポートしてくれた、仲間たちのおかげで成っていた。
数日前、出会ってから、10年以上経つ私たちの、いちばんの喧嘩をした。
私は、正しいと思い、思いをぶつけた。
それに対して、旦那様は怒り、そして、対立した。
それは、私にとって、非常に意外であり、また、衝撃的だった。
出会ってから、10年以上、私に反発なんてしたことがなかったからだ。
何を言っても、良いよといい、また、間違っていたら、優しく訂正する。
絶対に声を荒げないし、絶対に私に対して怒らない、 子供にも、私にも
優しい、いわば、優等生の旦那様だった。
それが、、、このたび、 キレ ました。
そして、私は、あぁ。やっと、キレてくれたんだ。。
いままで、お疲れ様でした、、と思った。
子供が生まれ、女性は手一杯になる。
そこにきて、11か月後に、また、ひとり生まれた。
手一杯が、それを超える。
毎日が、掃除と食事と子供たちのオムツ、着替え、靴をはかせ、外に出して
遊ばせ、かえってきたらまた食事、着替え、読み聞かせ、、、掃除、洗濯、、、
毎日がめまぐるしく、過ぎていった。
その中で、仕事でいっぱいになっているのに、子育てで苦しい私をみて、
必死に手伝ってくれていた旦那様。
食事のときは、子供ふたりして、食べたものを吐いたり、散らかしたり、
飛び跳ねてこぼしたり、でさんざん暴れる中、いつも、私に会話を求めて
いた旦那様。
私は、手一杯で、いつしか、話半分、いや、それ以下になっていた。
二人の会話をする時間は、ますます少なくなり、
お互い、愛情に対し、疑心難儀になっていた。
私は、彼を愛することは変わらないけれど、
今、ここに子供がいて、家をめっちゃくちゃに荒らして、
ママー、ママーって言っている中、どうしても、そちらを
向いてしまっていた。
旦那様は、子供ができる前と同じように、私と話したかったのに。
私が、子供ができたことによって変わってしまったのでしょう。
変わるつもりはひとつもなかったのに。
愛するひとを、悲しませることは本当に苦痛です。
悲しませようと思って悲しませているわけではないから、
それに気づいたとき、自分の無能さに、ただひたすら
自責の念にかられます。
旦那様が、わたしに宛てた手紙がありました。
彼は、本当に自分を抑える人です。
内に秘めた感情はすごく繊細で豊かなのに、
対面しては、それを表わさない人。
それは、私にとって、すごくはがゆくて、いとしい。
手紙の一文に、こう書かれていました。
「ぼくは、きみと二人でする会話が大好きだ。」
そして、あの頃のように、会話をしたいのに、
きみは会話をしてくれない。
と続いた。
衝撃的なことだった。
でも、的を得ていた。
これから、乗り越えなきゃいけない課題だし、
私自身、旦那様の心の叫びを聞けて
振り返ってやりなおさなければならないな、、、
と思った。
女性は、子供ができると、確実に変わる。
その変化は、男性以上であるといえる。
犠牲的になるし、必死で子供以外みえないことすら、ある。
でも、その横で、必死になっているパパがいる。
私の素敵なパートナー。
一生、大事な、パートナーだ。
こんな素敵な子供たちを、私にプレゼンントしてくれた、
魔法をかけてくれた人。
大切な大切な、人。
それを、気づかせてくれた、今回の喧嘩。。
きっと、こんなにすぐに気づかなくて、
もっと深いみぞになってしまう夫婦もいるかもしれない。。
夫婦は、あぁ。この人は、こうだから、もう言いたくもない、
そんなふうになる前に、ぜひ、自分の気持ちをとことんぶつけたら
良いと思う。
だって、自分が自分で選んだパートナーなのだから。
パートナーを否定することは、自分自身を否定すること。
とことん、やりあって、そして、そこから生まれたもの
が良いものであったらそれで良い!
そうおもう。
わたしの、いちばん大切な、大切な、ひと。
これからも、ずっと一緒に居てください。
そして、わたしの知らない世界を教えてください。
バレンタインに寄せて。
かおこ
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by 19750306
| 2011-02-11 01:02
| 言わなきゃならん事













